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安倍晋三氏:青年期

  • 1954年(昭和29年)9月21日 当時毎日新聞記者だった安倍晋太郎とその妻、洋子の次男として東京で誕生(本籍地:山口県大津郡油谷町・現・長門市)
  • 1964年から2年間(小学4年生から5年生)は平沢勝栄が家庭教師についていた
  • 高校ではクラブは地理研究部に所属
  • 成蹊大学入学。佐藤竺教授のゼミに所属し行政学を学ぶ。アーチェリー部に所属し準レギュラー。
  • 1977年春、渡米。カリフォルニア州ヘイワードの英語学校に通う。日本人だらけで勉強に障害があると判断して通学を止め、イタリア系アメリカ人の家に下宿しながらロングビーチの語学学校に通う。
  • 1977年秋、南カリフォルニア大学への入学許可を受ける。
  • 1978年、入学。政治学を専攻。
  • 1979年に中退。
  • 1979年4月、帰国。神戸製鋼に入社。ニューヨーク事務所、加古川製鉄所、東京本社に勤務。加古川製鉄所での経験は、「私の社会人としての原点」、あるいは「私の原点」だったと回顧。
  • 1982年、当時外務大臣に就任していた父・晋太郎の下で秘書官等を務め、数々の各国首脳との会談に同席するなど父の後継者としての修行を行う。
  • 1987年、当時森永製菓社長だった松崎昭雄の長女、電通社員の昭恵と結婚。媒酌人は清和研創始者福田赳夫。
  • 1991年、総裁候補の最有力と目されていた父・晋太郎が急死。
  • 1993年、父の地盤を受け継ぎ第40回衆議院議員総選挙に山口1区から出馬し初当選。(安倍後援会は新生党古賀敬章や日本新党江島潔含め三分裂、江島は1995年下関市長となり手打ち)。当選後はかつて父・晋太郎が会長を務めた清和政策研究会に所属する(当時の会長は三塚博)。
  • 1995年、自民党総裁選では荒井広幸や石原伸晃と共に小泉純一郎選対の中核を務める。
  • 1997年、自民党青年局長就任。
  • 1998年、政策集団NAISの会結成。厚生族として社会保障などに通じた議員と見られていた。
  • 2006年1月、アメリカ合衆国国務副長官ロバート・ゼーリックと握手を交わす。
  • 2000年、第2次森内閣で小泉純一郎の推薦を受け、政務担当の内閣官房副長官に就任。第1次小泉内閣でも再任。
  • 2002年、水野賢一が外務大臣政務官在任中に台湾訪問拒否され辞任した際、理解を示し擁護。小泉首相の北朝鮮訪問に随行。