Integral

「鹿児島事件」

概略

  • 鹿児島事件のほか、志布志事件とも言われる。

以下引用

以下は『日弁連の「鹿児島事件」に関するシンポジウムのページ』からの引用です。

◇自殺未遂者まで生んだ「任意」という名の苛酷な取調べ

鹿児島事件は、2003年4月、鹿児島県議会議員選挙後の捜査で発生しました。 捜査機関(志布志警察署)は、当選した中山(2005年2月13日放送のTV番組で氏名が明かされている)氏の選挙運動に買収容疑があるとして、鹿児島県曽於郡区内の有権者らを片っ端から任意同行と称して(到底任意とはいえない方法で)警察署などに同行し、連日朝早くから夜遅くまで取調べを強行しました。なかには警察への同行が2か月以上続き、取調の実日数が37日にもなる人がいます。この「任意」取調べのせいで、救急車で病院に運ばれた人も多数おり、うつ病になった人もいます。現在もその後遺症を訴えている人もいます。 取調べられた人の中には、警察官からキリシタン弾圧を思わせる踏み字を強制されたり、取調室から口裏合わせの携帯電話を掛けさせられ、それを警察官から秘密録音された人もいました。調書を破られたと訴える人、嘘でもいいから認めてくれと警察官から哀願された人、「叩き割り」と称する取調べで自殺を図った人(複数)まで出ました。 この事件では合計16名が繰り返し繰り返し逮捕・勾留され、第6回公判期日までの5か月間も接見禁止がついたままでした。警察関係者以外誰にも会えずに、連日長時間の取調べを強要され、代用監獄を利用した起訴後取調べも継続しました。

◇前代未聞の捜査機関による組織的な秘密交通権侵害

この事件の捜査初期の段階から、多数の弁護人が弁護活動を行いました。これに対し、捜査機関は、弁護人が接見する度に、被疑者・被告人を取り調べて弁護人との接見内容を調書に取るという前代未聞の暴挙を行って、秘密交通権を組織的に侵害しました。 また捜査官は、弁護人を誹謗中傷したり、貶めたりして、弁護人との信頼関係を破壊させ、5名の被疑者に対し、弁護人を解任させました。 さらに取調官は、弁護人の指示で被告人らが留置場でつけていたノートを盗み見したりし、別の被告人については、裁判官の命令で、留置場で取調状況を記載していたノートを差押えることまでしました。

◇国選弁護人の違法・不当解任

2名の国選弁護人が、第1回公判直前のころ、接見禁止中の各被告人に家族からの励ましの手紙を窓越しにみせたところ、検察官はこの被告人を直ちに取調べ、その調書を使って、第1回公判当日の朝、裁判所にこれらの国選弁護人の解任を請求するという暴挙を行いました。そして、裁判所も、これを容認してしまい、各国選弁護人は、違法・不当な解任を受けたのです。

◇人質司法の典型

迫られて虚偽自白を行った6名については、比較的早期に保釈が認められましたが、終始否認した7名は、何度保釈請求しても認められませんでした。高齢の被告人が身体の不調を訴え勾留の執行停止が決定されても、検察官抗告により取り消され、苛酷な身体拘束が続き、逮捕から6か月で漸く保釈されたケースもありました。N氏にいたっては、6回目の抗告審で漸く保釈が認められました。その身体拘束期間は395日に及んでいます。

◇全員無罪の訴え

容疑は、志布志町の谷あいの長閑な一集落で、集落の人を集め、4回に渡って買収会合が開かれ、参加者一人あたり合計26万円もの買収金が渡されたというものです。この容疑自体常識的にありえないことです。現在は、起訴されて審理されている13名全員が否認して、えん罪だと訴えています。 なお、買収会合に参加したとされ逮捕勾留された被疑者のうち3名は不起訴処分となり、買収会合に参加したとされながら、逮捕も勾留もされなかった人も4名います。

背後関係

  • 2007年3月4日放送のテレビ番組では、捜査は志布志警察署の黒(くろ)署長の強引な指示のもと実行されたとの事。
  • 捜査の過程で、異議を申し立てた捜査員は現場を遠ざけられ、「クーデター事件」などと呼ばれたとも。