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ライター神田憲行の日記「ゆっくりと坂道を降りて行く」 : ゴーストライターというお仕事

  • 本記事は、神田憲行氏のブログ(リンク)をまるまるコピーしたものです。
  • 何かの拍子に読めなくなるようなことがないように、手元に複写を置いておきたいからというだけの理由です。
  • 他にもなるほどと思う記事がありますので、ぜひ、ご本人のサイトをご覧になって下さい。
  • 2014/03/14 「ライター神田憲行の日記「ゆっくりと坂道を降りて行く」 : ゴーストライターというお仕事」 (Link)

ゴーストライターというお仕事

 例の作曲家の件から、「ゴーストライター」というお仕事にいろんな意味で関心が集まっているようです。そのなかには偏見や、いい加減な仕事という先入観をもたれた方もいるかと存じます。 そこでゴーストライターをしている私の「ゴースト作法」について、少し紹介したいと思いました。もちろんこれは私だけのやり方に過ぎません。ですが、そんな考えられているような不誠実なことをしているわけではない、というご理解を賜ればと思います。

①まずゴーストライティングの依頼は出版社からあります。原著者(本に著者として名前が出る人。ゴースト世界ではこう呼びます)から依頼されたことは私はありません。力のあるゴーストライターの場合、原著者からご指名で出版社経由で依頼が来ることもあるそうです。いずれにせよ、今回の作曲家のように版元が知らないで秘密裏にゴーストが仕事をしていたケースは知りません。

②依頼があると、引き受ける前に私はまず原著者の方と会わせていただきます。「お見合い」のようなものです。原著者のこの本に賭ける意気込みなどを確認させていただくためと、原著者の方に私でいいのか確認してもらうためです。私はプロフィールや自著などを持参します。  大変生意気な作業なんですが、後述するように執筆用のインタビューなど原著者に多大な時間をさいてもらう必要があるので、「やる気」を確認することは外せません。また私の人となり、プロフィールを確認してもらうことも重要です。以前、風俗で働いている原著者の女性から「ライターは女性が良い」と断られた経験があります。

 私が「お見合い」をさせてもらうようになったのは、最初に取りかかったゴースト仕事がそれをせずに崩壊したからです。日本人なら誰でもその人の仕事を知っているような大物で、1度雑誌で彼のインタビューをさせてもらったところ、出来上がりの原稿を読んで気に入られたのか「ご指名」の名誉に授かりました。ところがやる気があるのが周りだけで、ご本人にやる気が無かった。またマラソンランナーと伴走者のようにウマがあうわけでもない。まだ若かった私は早々に退散させていただくことになりました。今だったらもうちょっと上手く立ち回れると思うのですが。

 「お見合い」では、原著者の方から「自分の本なのに他人に書いてもらっていいのか」という、まさしくゴーストライター制度に対するみなさんが感じられるような疑問を持つ人もいます。

 対する私の説明は、

  • 内容は原著者のあなたが決めることであり、私はあなたが喋ったことを文字にしているに過ぎない。
  • そのためインタビューはかなりしっかり応じてもらう。
  • ゲラもしっかり見てもらう。原著者が責任持てない本を編集者や私が作れない。

 などです。

③仕事を引き受けることを決めると、編集者と印税の取り決めをします。著者印税の10%のうち、原著者がいくらで私がいくらか決めてもらいます。原著者の取り分が多いのはもちろんです。

④だいたいの章立てを編集者が作成し、それを原著者と私の3人で検討します。これは大まかな設計図のようなもので、絶対的なものではありませんが、以降のインタビューはこの流れに沿って行われます。またこのとき、原著者が持っている資料をお預かりします。

⑤章立て、資料、類書などを読んで、私が「まえがき」を書きます。内容はこの本がこれから述べようとしていること、どんな人に読んでほしいかなど。原著者が講演しているイメージで書いていきます。私はこれを「施政方針演説」と呼んで、編集者、原著者に読んでもらいます。目的は意識を共有すること、私の筆力を原著者に改めて感じ取っていただくこと、そして同じテンションでノリを作ることです。「施政方針演説」は書いたり書かなかったりなんですが、すっと楽に書けたときは売れる本になります。また書いたとしても実際の本に流用するとは限りません。あくまで内部的な文書として書いています。さらに自分の本の場合でも書いて、取材対象に読んでもらうこともあります。自分がいまどんな気持ちで取材しているか、わかってもらうためです。

⑥インタビューに入ります。だいたい僕の場合は総計で20時間前後でしょうか。5時間ほどで書かれるライターもいるそうですが、僕にはとてもできない芸当です。  雑誌と違い本のインタビューは軽いキャッチボールから入ります。  イメージとしては野球の投手のブルペンでの投球練習です。最初はキャッチャーである私が立ったままボールを受け、頃合いを見計らってホームベースの後ろにしゃがみこみ、「外角低めにストレートを三球」みたいにミットを構えます。  インタビューで大切なのは、著者の立場を敷衍しながら、読者目線を忘れないことです。著者が「言いたい主張」だけでなく「読者が知りたい情報」を盛り込むこと。また有力な反論や違う見方がすでにある場合、それについて著者の見解も確認します。  プロのライターでない人は多角的な視点を持つことがなかなか難しい。ここはゴーストライターが雇われる理由のひとつです。

⑦インタビューを元に実際の執筆に取りかかります。喋り言葉をそのまま文章にしてもたいていの場合、意味が通りません。ただしできるだけ原著者の言葉遣いを尊重します。それが「味」にもつながると考えるからです。  また原著者がうろ覚えで「たしか○○さんが何年か前にこう言っていた」ということも、ひとつひとつ確認していきます。この作業が膨大で煩雑で、ここもゴーストライターが雇われる理由の一つです。個人的な記憶ならいいのですが、たとえば行政制度の場合、記憶違いで立論全てが成立しなくなることもあるので、その場合はその部分の原稿は書きません。メモとしてその理由を残します。  原稿を書いているときは、インタビューした自分という存在を捨て去り、テープ起こししたデータ原稿を客観視して再構成する能力が必要になります。インタビューで盛り上がっても、読者が読んで面白いのか。その軸がブレてはいけません。雑誌のアンカーマンに近い作業です。

⑧ゲラが出て原著者のチェックが入ります。僕も見ますが、基本的に言葉の言い回しや表現より、事実の確認が中心になります。  原著者さんによっては、このゲラを大変丁寧にみて「インタビューのときはこのエピソードを話したけれど、もっといいのが見つかったから」  と鉛筆で大量に書き込んでくるときがあります。直しは大変ですが、原著者さんの姿勢がみえて、私も編集者も感動する瞬間です。

 ここまで読んだ人は疑問に思うでしょう。 「そんな手間暇かけるなら、その原著者が直接書けばいいのに」  書けないのです。短い寄稿の経験ある人でも、原稿用紙で200枚から300枚を筋道立てて、商品化できる文章を本業をこなしながら数ヶ月で書くのは至難の業です。思いついたときに好きなように書けるブログとはだいぶ違う作業なのです。

 私がゴーストライターを引き受ける理由はさまざまなのですが、いちばん大きな理由は「その原著者が原稿を書けないために、その人の知見が埋もれてしまうのは惜しいと感じるから」 です。

 どんなライターでも「自分が聞いたオモロイ話を世の中に広めたい」「自分が出会った面白い人を世の中に紹介したい」  という原始的な欲求があるはずです。ゴーストライターという仕事は胡散臭く見えるようで、このライターの欲求に叶うものです。